志村けんさんの功績についてご紹介いたします!

2020年3月29日に天寿を全うした志村けんさん。

戦後の日本を代表するコメディアンとして、お茶の間からの人気は絶大でした。

そんな志村けんさんがこれまで残してきた功績についてご紹介していきたいと思います。

志村けんの功績まとめ!

ドリフターズの付き人からメンバーとなり、数々のコント番組で一時代を築いた志村けんさん。

「8時だョ!全員集合」でお茶の間の人気者となり、その後もコントを中心に数々の笑いを生み出した方ですね。

突然の訃報に日本中が涙したことで、志村けんさんの偉大さを改めて実感した方も多いことでしょう。

そんな志村けんさんが残した功績がどのようなものなのか、代表的なものをご紹介していきたいと思います。

最初はグー


コントのワンシーンから生まれたのが、じゃんけんの時の掛け声でおなじみの「最初はグー」です。

酔っぱらいの役を演じた志村けんさんたちが、じゃんけんの手を同時に出すタイミングを合わせるために言ったのが始まりとなっています。

当時コントを見ていた子どもたちがこぞってマネをしたことで、瞬く間に全国に広まり、今や当たり前のように使っているフレーズとなりました。

当時の志村けんさんの人気の高さが伺えますね。

東村山音頭


志村けんさんの出身地である東京都東村山市になぞらえた音頭のネタになります。

オリジナルは1963年に東村山町が市制施行した記念として作られたレコードの曲ですが、知名度は志村けんさんがその後にカバーしたものが圧倒的に高いのが特徴です。

志村けんさんは原曲の歌詞・メロディーを全く別のものに変え、1丁目、3丁目、4丁目の歌を作り、コントで披露し、爆発的な人気を誇りました。

特に1丁目のフレーズ「いっちょめ、いっちょめ、ワ~オ!」は当時の子どもがマネをし、親がそれを止めるという社会現象も引き起こしたことでも有名です。

カラスの勝手でしょ~


童謡「七つの子」の歌い出しを志村けんさんが替え歌にしたことで、誤った歌詞が流行してしまうという社会現象を起こしたフレーズです。

本物の歌いだしは「カラスは山に」なのですが、この部分を「カラスの勝手でしょ~」と合唱ネタのコントで披露したのが始まりでした。

このフレーズについて、志村けんさんは自身の著書で近所の小学生が歌っていたものをそのまま歌ったと紹介しています。

さらに、元ネタは笑福亭鶴光さんのラジオでの替え歌コーナーではないかとの説も流れており、志村けんさんはあくまで広めた立場であるとの認識が一般的です。

ヒゲダンス


ドリフターズのメンバーであり先輩、かつ盟友である加藤茶さんとの「ヒゲダンス」は、言葉を発しない動きのみの笑いを昇華させたコントですね。

次々と難易度が高くなる芸をこなし、観客を驚かせるだけでなく、きっちりと失敗や技の種も見せ笑いを取るスタイルは、まさに職人芸と言えるものでした。

ヒゲダンスの披露自体は約1年程度でしたが、その人気は瞬く間に広がり、パーティーの催し物としてマネをする人が増えたほか、全国でヒゲダンスコンテストが開かれるなど、影響力の強さを示したことは功績と言えるでしょう。

初披露から40年が経過した現在でも、多くの人に知られるコントとして、今後も名を残していくことは間違いありませんね。

スイカの早食い


コント内でスイカが出てきた時に異常な速さで完食する特技を見せたのがこの「スイカの早食い」です。

半月状に切ったスイカを大口を開けて端から端まで数往復して一気に口の中に入れてしまうネタですね。

早食いなので口からこぼれ落ちるスイカの破片もあり、決して上品な食べ方ではありませんが、その速さに憧れた当時の子どもがこれまたマネをする要因を作りました。

実際には画面に見えない部分のスイカをくりぬいて量を減らしていたのがタネですが、年齢を重ね、体を張ったコントが徐々に少なくなってきた中でも、この特技だけは度々披露していたのも印象的でしたね。

コントが由来・元ネタの名ギャグまとめ

ここまで志村けんさんが生み出したといっても過言ではない功績をご紹介してきました。

志村けんさんの影響力がこれほど大きかったということを、私もまとめながら実感しているところです。

これ以外にも、志村けんさんを語るうえでは外せない、コントから生まれた名ギャグについてもご紹介していきたいと思います。

だいじょうぶだぁ

自らのコント番組名にも含まれるギャグですね。

かつて、ロケで福島県を訪れた際、土産物屋のおばあさんが話した「だいじょうぶだぁ」という訛りの入った返事が印象に残ったのではないかという説が有力とされています。

そこから、志村けんさんがコントで老人役を演じた際に、このフレーズをヒントに使うようになったと言われていいるようです。

どんなところからもギャグにつなげる観察眼が伺えるエピソードではないでしょうか。

変なおじさん~だっふんだ


志村けんさんを代表するキャラクターの1つである「変なおじさん」のオチで使われるフレーズですね。

非常にわかりやすい見た目と奇行、それを指摘された後に自ら変なおじさんだと名乗り踊る姿は、どれをとっても印象に残り、一連の流れとして飽きの来ないネタとなっていました。

元々は上方落語「ちしゃ医者」内で初代桂春団治が咳払いをする表現を「ダッフンダー!」と演じたことが起源と言われています。

志村けんさん自身もこのキャラクターを大変気に入っており、「自分の分身であり願望である」と述べていました。

アイーン


顎を前に突き出し、片腕を曲げて肘を顎の前に突き出すギャグですね。

もともとは「怒っちゃやーよ!」のポーズだったそうですが、単体のギャグとして認知されるようになり、使われるようになったそうです。

プロ野球で活躍したラミレス選手がホームランを打った時のパフォーマンスとして使われるほどの人気ギャグでした。

また、一部の聴覚障害の人にとって、このアイーンが志村けんさんを指す非公式な手話として広まっていることも話題となっています。

あんだって?


これも志村けんさんが演じた名キャラクターである「ひとみばあさん」のセリフです。

耳の遠い老婆を演じる志村けんさんが何度もしつこく言葉を聞きなおす姿をコミカルに演じていました。

志村けんさん自身が年齢を重ねても、この演技は色あせることなく、どんな設定でも面白くしてしまうのはまさに職人芸と言えるものでしたね。

バカ殿さま


こちらもコント番組のタイトルにもなっている有名なキャラクターの1つです。

白塗りの顔に真上に伸びたちょんまげ、派手なオレンジ色の着物が特徴的で、破天荒な言動で家来を困らせるコントが印象的でした。

1980年前後に披露されたコントが原型となり、その後は志村けんさん主導でシリーズ化され、2020年に亡くなる直前まで最新コントを撮り放映されていた、非常に息の長い番組となりました。

まとめ:偉大な功績や名ギャグは後世に残ること間違いなし!

今回は志村けんさんの功績やギャグについてお伝えしてきました。

突然の訃報に悲しい気持ちでいっぱいですが、それ以上に笑いを届けてくれたことへの感謝が勝りますね。

これからも志村けんさんの功績やギャグは色あせることなく語り継がれていくことでしょう。